この
あべこべが三木清で、この人の碁は、乱暴そのものゝ組み打ちみたいな喧嘩碁で、凡そアカデミズムと縁がない。
大阪の市民性にはかゝる江戸的通念に対して本質的に
あべこべの気質的地盤がある。
遅筆の叔父とは
あべこべ、水車の如く、一夜のうちに百枚以上の小説を書いてしまふ。
清平は、今度は、
あべこべに辱しめられて、家に帰つて、御台所と相談して、初瀬寺の観音に、申し子を乞ふ事になる。
この二人は、無二の仲よし戦友だったけれど、二人の性格は全く
あべこべだった。
がドレゴはいつになく水戸のいうことを聴かず、片端から
あべこべの実例をもって水戸の甘い説を薙ぎ倒していった。
「以前は赤坂よりも麹町の方が繁昌だったんですが、今では
あべこべになったようです。
といいいい、てんでんのお城に立てこもって、為朝が攻めて来たら、
あべこべにたたき伏せてやろうと待ちかまえていました。