部屋の隅に据えた姿見には、西洋風に壁を塗った、しかも日本風の畳がある、——上海特有の旅館の
二階が、一部分はっきり映っている。
僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の
二階に大腸加答児を起して横になっていた。
場所は日比谷の陶陶亭の
二階、時は六月のある雨の夜、——勿論藤井のこういったのは、もうそろそろ我々の顔にも、酔色の見え出した時分である。
まだ一高の生徒だった僕は寄宿舎の晩飯をすませた後、度たびこの
二階へ遊びに行った。
その上
二階にも一組宴会があるらしかったが、これも幸いと土地がらに似ず騒がない。
昼でも薄暗い或家の
二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合つてゐました。
松脂の匂と日の光と、——それが何時でも夫の留守は、
二階建の新しい借家の中に、活き活きした沈黙を領してゐた。
松岡と分れて、成瀬と
二階の教室へ行くと、もう大ぜい学生が集つて、ノオトを読み合せたり、むだ話をしたりしてゐた。
尤も結ばれたと云つても、玉屋の
二階で遇ふだけで、互に往来はしなかつたらしい。