近来市井に見かける俗悪な色彩のペンキ塗のブリキ製玩具の如きは、
幼年教育の上からいうも害あって益なかるべしと思うのである。
僕は
幼年学校にはひつて仏蘭西語を習ひ始めたが、少し本が読めるやうになり出すとユゴオのレ・ミゼラブルと、ルソオの懺悔録を読んだ。
幼年学校や士官学校で机を並べてゐた連中が、それぞれもう聯隊長級で、軍記風に云へば、駒を陣頭に進めてゐることがわかつた。
その時分、同じ
幼年学校の先輩、大杉栄氏を訪ねたかつたのだがどういふわけか、それはそのまゝになつた。
この
幼年の長次こそ、誰あらう今尚宮城前に威風颯爽たる馬上の勇姿を止める彼の楠公の銅像を鋳造した岡崎雪声氏ではあつた。
「おうバクスター、心配することはないよ、ここはぼくら四人で十分だから、きみは
幼年たちを看護してくれたまえ」
現に僕は、陸軍の
幼年学校で、それが知れればすぐに退校されるという危険をすら冒して、忠勇なる軍人の卵どもが、ずいぶん猛烈にこの変態性欲に耽っているのを見た。
僕が陸軍の
幼年学校から退学させられて家に帰った時にも、
今、この二つの作を一つにつづけて、第一部「
幼年の卷」、第二部「少年の卷」として、わたくしはこの物語を書きました。