彼が蜀の成都に拠って叛乱を起したときに、蜀王の
府をもってわが居城としていたが、それは数百年来の古い建物であって、人と鬼とが雑居のすがたであった。
僕はその何分か前に甲板の欄干へ凭りかかったまま、だんだん左舷へ迫って来る湖南の
府城を眺めていた。
(b)一方では彼等は黄河の流に沿うて、河南
府(河南)附近の平原に出で、それから更に三方面に發展して往つた。
『舊唐書』『唐六典』を始め、當時の公私の記録に廣
府といふ名稱が疊見して居る。
處が此アルゼリヤ國の中でブリダアといふ市
府の人は分ても怠惰ることが好き、道樂をして日を送ることが好きといふ次第である。
越前の
府、武生の、侘しい旅宿の、雪に埋れた軒を離れて、二町ばかりも進んだ時、吹雪に行惱みながら、私は——然う思ひました。
棄てゝ行くには忍びぬけれども、鎭守
府の旦那樣が、呼吸のある内一目逢ひたい、私の心は察しておくれ、とかういふ間も心は急く、峠は前に控へて居るし、爺や!
千六百二十五年(明の天啓五年)に、陝西省の首
府の西安
府の附近で、支那職工達が建物を新築する爲に、礎石を置く目的で、地面を掘り下げた。