雅楽の採桑老、又はくづれた安
摩・蘇利古の翁舞と結びついて、大歌舞や、神遊びの翁が、日本式の「翁舞」と認められたと見ても宜しい。
十幾棟の大伽藍を囲んで、矗々と天を
摩している老杉に交って、栃や欅が薄緑の水々しい芽を吹き始めた。
如来は
摩迦陀国の王子であり、如来の弟子たちもたいていは身分の高い人々である。
月君が建文帝の為に兵を挙ぐるの事は、姑
摩媛が南朝の為に力を致さんとするの藍本たらずんばあらず。
如何に精巧なる絵具も、如何に精巧に配置されたその絵具によつての構図も、到底自然が専有する色彩の美を
摩して聳ゆることは出来ない。
だから、支那國に法を傳へんため、南印度の國王捺羅僧伽補多跋
摩王の舟師に將として支那に向はんとした將軍米准那の舟に乘られて本國を出發せられたのであります。
そしてところどころに、研究所の古風な赤煉瓦の建物が頭を出していたが、それとはまた別に一棟、すばらしく背の高い白壁づくりの塔が天空を
摩してそびえていた。
高く薄暗い灰色の壁に添うて、用事ありげな人々と
摩違いながら、長い階段を下りて行った。
芭蕉の塁を
摩した諸俳人、凡兆、丈艸、惟然等はいづれもこの点では芭蕉に若かない。
月曜、太陰、胡名莫(〔Ma_h〕)波斯名婁禍森勿、天竺名蘇
摩(Soma)