必ず意味に
濁りを打つか取消しの準備を言内に付け加えている。
安藤鶴夫氏は趣味家で、失われたものゝ良さを現代に伝えてくれる有難い人であるが、わりに老人めいたグチがなく、識見の底が広いようでいて、やっぱり
濁りがある。
人々はあまり
濁りなく安定しすぎていることで、この善意をコシラエモノ、マガイモノだと思うかも知れないが、善意は
濁りがないに越したことはない。
廁は井戸に列してそのあわい遠からず、しかも太く
濁りたれば、漉して飲用に供しおれり。
暗紅にうち
濁りたる埃及の濃霧に苦しめるスフィンクスの瞳也。
なるほど彼の眼は一眼全く
濁り、片方の瞳にも雲がかかつてゐた。
彩雲閣から僅に五六丁足らずで、早くも人寰を離れ、俗塵の
濁りを留めないところ、峻峭相連らなつて少からず目を聳たしめる。
私の行つた頃は、梅雨期の増水で、殊に洋々と稍※
濁りを帶びて、岸の蘆荻を、そよがしてゐた。
同人の末に連つてゐる行きがゝり上、從順な會員に、
濁りを帶びた歌を見せて、趨舍に當惑させるのは、或は單純に考へれば、罪惡ともいふべきものでせう。
あのどちらかと言えば、泥
濁りのした大川のなま暖かい水に、限りないゆかしさを感じるのか。