けれども、其の奥様は大層お優しい方で、わが産の児よりも継子の御
総領の方を大層可愛がって、俗にいう継母根性などと云う事は少しもない、誠に気質の美しい方でした。
巳之助はそこの
総領息子で、大森の親類をたずねた帰り道であった。
彼女は四十代で夫に死に別れて、それから女の手ひとつで五人の子供を育てあげたが、
総領の娘は奉公先で情夫をこしらえて何処へか駈け落ちをしてしまった。
総領が太郎さん、二ばんめが次郎さん、いちばん末っ子のごく小さいのが、三郎さんです。
この貞八が
総領息子に麩屋町六角に質店をひらかせましたが、三年目には蔵の中に品物がいっぱいになったと言われています。
死んだのはそこの当主で、あと
総領の永助が家業を継ぐわけだが、未だ若かった。
総領を布卷吉と申して今年七歳になり、次は二月生れで女の児をお定と申します。
信吾は其家の
総領で、今年大学の英文科を三年に進んだ。