と、石に腰をかけ、煙管をくわえながら、矢張り池の水を見ていた植甚は、
会心の笑いという、あの笑いかたをしたが、
が、劇しい努力の結果として
会心の解決が彼を突然雀躍りさせた。
緑雨は恐らく最後のシャレの吐き栄えをしたのを満足して、眼と唇辺に
会心の“Sneer”を泛べて苔下にニヤリと脂下ったろう。
たゞ最後に自分の眼を疑ひたいほど
会心な一項目が掲げられてゐるので、それだけでも、政府の意図するところを私は汲むことができた。
最後の「十二人一首」は、氏が予て得意とせられる仏蘭西詩の翻訳中、多分
会心の一ダースを収録されたものであらう。
——フランシス上人の後へついて、殊勝らしく、そこいらを見物して歩きながら、悪魔は、私にこんな事を考へて、独り
会心の微笑をもらしてゐた。
その日に限って、黒皮縅の冑を着て、南蛮鉄の兜をかぶっていた中村新兵衛は、
会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者のはなばなしい武者ぶりをながめていた。
「くだらない出来がこれほどなら、
会心の作というのはたいしたものでしょうね」とかなんとか。
その
会心の笑みともいうべきものを、旅情の慰安に筆にしようとした兄のボストンの居室の机の上にはきっと一冊の『茶経』が開かれていたに違いない。