クグで作つた袋をクヾツと云ふとは一寸分らぬが、事によるともとは其草をも、クヾツ又はクヾチなどと謂つたのを、後に製品と
区別する為にクヾにしたのかも知れぬ。
それで、それならばどうしてそういうようなものを
区別するのかということになりますが、それも故ないこともないと思うのであります。
小説の文章を他の文章から
区別する特徴は、小説のもつ独特の文章ではない。
申すまでもなく、この時代の蜀は正統ではありません、乱世に乗じて自立したものですから、三国時代の蜀と
区別するために、歴史家は偽蜀などと呼んでいます。
前段に申したように地方によっては狸と混用して、狢というが体の毛の荒いのと、前肢の爪が長いのによって、はっきりと
区別することができる。
で、例へば上級学校にゆくための中等学校と然らざるものとを
区別する——これは学制全体の改革に属する問題だが——のも一つのゆき方だと思ふ。
例によつて、そのなかに含まれる個々のものを、特異な面によつて
区別するよりも、共通な面で捉へることに現在はより以上興味をもつといふ建前のもとにである。
眼に訴へる韻律と耳に映ずる姿態、これは、小説と戯曲とを
区別する根本の感覚である。
諸君は御承知かも知れませんが、緑内障にかゝった眼は、外見上は健康な眼と
区別することが出来ません。