故ハ浪人ハ関以西強国と聞へし
君主、及要路のものと信を通じ有る事、彼飛川先生が天下人物と信を通ずるが如し。
だが此話は、一面神子が人間となり、教主・
君主の二方面の力を、邑落の上に持つ様になつた事実の退化した上に、合理化が行はれたものと見ることが出来よう。
村の
君主の血縁の女、娘・妹・叔母など言ふ類の人々が、国造と国造の神との間に介在して、神意を聞いて、
君主の為に、村及び村人の生活を保つ様々の方法を授けた。
儒家の政治に關する理想は、
君主其仁義の徳を修め、推して之を四海に擴むるにある。
東亞諸國の間に在つては、習慣上支那の
君主のみが獨り皇帝と稱して、自餘の
君主はこの稱號を遠慮した。
然りながら、我が
君主、無禮なる儀には候へども、此の姫、殿の夫人とならせたまふ前に、餘所の夫の候ぞや。