今は王子権現の辺、西新井の
大師、川崎
大師、雑司ヶ谷等にもあり、亀戸天満宮門前に二軒ほど製作せし家ありしが、震災後これもありやなしや不知。
お妻は十九の厄年であるというので、その途中でまず川崎の厄除
大師に参詣した。
はははは、いや、わたくしなぞはそんな悪いことをしないから、
大師さまの罰もあたらないで、まあこうして無事に生きているんですよ。
二十一日は
大師の縁日であるから、その日を間違える筈もない。
毎月の縁日とは違って、きょうは初
大師というので、どこの店もいっぱいの客である。
庵は六畳の間にお
大師様をまつりまして、次の八畳が、居間なり、応接間なり、食堂であり、寝室であるのです。
菅笠をかむり、杖をつき、お札ばさみを頸から前にかけ、リンを鳴らして、南無
大師遍照金剛を口ずさみながら霊場から霊場をめぐりあるく。
大師が唐土から將來せられたといふのは、易の八卦ばかりでは御座いません。