女
性から言えば、弱々しくフェミニストたらざるを得ない男
性より昂然としていても、女
性に理解力ある男
性の方が見込みがある。
だが、筆者は既に中老、
性の方面はドライの域に入りて数年、いまはただ食味の方面のみ、人生の造営を眺めているのである。
が、
性来愚鈍な彼は、始終朋輩の弄り物にされて、牛馬同様な賤役に服さなければならなかった。
しかし、僕は、それを思いだすかわりに注意力を、その脇にいる若い女
性の方にうばわれていた。
——私はそういう意味の手紙を書いて、今までにも若い女
性の方の画家志願者を大分思い止まらしたことがある。
すべての迷信は信仰以上に執着
性を有するものであるとおり、この迷信も群集心理の機微に触れている。
されば身のたけも抜群なに、
性得の剛力であつたに由つて、伴天連が「ぜんちよ」ばらの石瓦にうたるるを、防いで進ぜた事も、一度二度の沙汰ではごさない。
なれど「れぷろぼす」は、
性得心根のやさしいものでおぢやれば、山ずまひの杣猟夫は元より、往来の旅人にも害を加へたと申す事はおりない。