万里小路大納言
惟房も、松永弾正という老蝮の目玉は怖しい。
惟うに、太平の世の国の守が、隠れて民間に微行するのは、政を聞く時より、どんなにか得意であろう。
挂塔を免されたのが、去年の霜月であったから、安居はまだ半年に及んだばかりであったけれども、
惟念の念頭からは、諸々の妄念が、洗わるるごとくに消えて行った。
今の成都は乃ち未だ嘗て梅雨あらず、
惟だ秋半積陰、気令蒸溽、呉中梅雨の時と相類するのみ。
われ
惟へらく、人の心も亦た斯くの如くなるにあらざるか。
惟ふに予が過去を点検し記載するは、予にとりて再過去の生活を営むと、畢竟何の差違かあらん。
芭蕉の門弟だつた
惟然も亦或はかう云ふ一人だつたかも知れない。
王國維の所説に反對して、民國の張
惟驤が、昨民國十七年(西暦一九二八)に、『太史公疑年考』を公刊して、別に司馬遷の生年を考證して居る。
凡そ一甲拆(草木の新芽を包める薄き皮の開くこと)一敷栄(花のしげり咲くこと)、童子皆な来り報じて
惟だ謹む。
一八 現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は兩處に慶こぶ、「我れ福を造れり」と
惟うて慶こび、善趣に生じて更に慶こぶ。