しかし僕は習慣上朝らしい
気もちを持ったまま、人
気のない台所へ顔を洗いに行った。
が、何しろ御維新以来、女
気のない寺ですから、育てると云ったにした所が、容易な事じゃありません。
しかもその場所は人
気のない海べ、——ただ灰色の浪ばかりが、砂の上に寄せては倒れる、いかにも寂しい海べだったのです。
その又顔はどう云う訳か、少しも生
気のない灰色をしている。
竹の中に痩せ杉の交った、人
気のない所でございます。
彼はわたしの元
気のないのを見、旅行に出ることを勧めたりした。
その中でも可笑しいのは人
気のない町を行く赤電車や青電車が、乗る人もない停留場へちゃんと止まる事でしょう。
それは油
気のない髪をひつつめの銀杏返しに結つて、横なでの痕のある皸だらけの両頬を
気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だつた。
「いくさ」の空
気の漂つた、人
気のない家の台所に短銃をいぢつてゐる一人の乞食——それは確に小説じみた、物珍らしい光景に違ひなかつた。
——それぎり良平は使の帰りに、人
気のない工事場のトロツコを見ても、二度と乗つて見ようと思つた事はない。