私もまた、世の荒浪と闘って独立してゆけたのは、母の男勝りの
気性を身内に流れこましていたからなのであろう。
が、結局持前の陽気好きの
気性が環境に染まって是非に芸者になりたいと蝶子に駄々をこねられると、負けて、種吉は随分工面した。
一度考へると、決断も早いがすぐ右から左へやつてしまふ
気性である。
幼時から漢の字風の固い字を書きつけてゐた上に、拮屈な
気性の私は、こゝでも、自分には縁のない字として諦めてしまつた。
と大喝するのを、蔭で女房は夫の日頃の
気性を知つてゐるだけに只黙※と涙を拭ふばかりである。
もっとも同情を惹くといっても、哀れっぽく持ちだすなど
気性からいってもできなかった。
お源は負けぬ
気性だから、これにはむっとしたが、大庭家に於けるお徳の勢力を知っているから、逆らっては損と虫を圧えて
しかし生来の烈しい
気性のためか、この発作がヒステリーに変わって、泣き崩れて理性を失うというような所はなかった。