日本料理の真
価というものがどこにあるか、ぶつかったこともなければ、気にもんだこともなさそうなひとたちばかりである。
やはり、文政頃の酒
価と酒の質について『異聞雑考』の記すところでは——味噌は甲午の夏五月より、金一両二十貫四百目になりぬ。
蚊さへなくば夏の夕の月あかき時なんどは、特に川中に一杯を酌みて袂に余る涼風に快なる哉を叫ぶべき
価ある処なりといふ。
私がその中でも重要だと思うものを、彼もまた重要なもののなかに数え、その真
価と精神とを見事につかんでいるのを知つて、これ以上信頼すべき同志はないと思つた。
それだけの写生帖があつて、時と所と菓子の名前と、さうして目方と
価とが記された。
その
価は十五両と聞いて、侍はすこし首をかしげていたが、とうとうそれを買うことになって、手付けの一両を置いて行った。
お蝶は上品な美しい娘で、すこし寡言でおとなし過ぎるのを疵にして、若い客をひき寄せるには十分の
価をもっていた。
今日までの歴史を細閲すれば、自由を買はんとて流せし血の
価と煩悶せし苦痛の量とはいかばかりぞや。
かく高まった地
価というものは、いわば社会が生み出してくれたもので、私の功績でないばかりでなく、諸君の功績だともいいかねる性質のものです。