なるほど、
時としてはつむじ曲りだと世間に言われるような事もあったか知れない。
平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は
時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。
彼は、発作が止んで、前よりも一層幽鬱な心が重く頭を圧して来ると、
時としてこの怖れが、稲妻のように、己を脅かすのを意識した。
それと同じ様に、自分の周囲の総ての関係が、亦
時として何の脈絡も無い、唯浅猿しく厭はしい姿に見える。
時としてはまた、酋長が客膳を飾る、皿の中の肉となる。
しかし俺の手足の鎖は、頑固に肉の中にまで、
時としては骨の中にまで喰い込んでいて、ちょっと触ったばかりでも痛くって仕方がない。
服従と自己抑制とは
時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。
また
時として登りかけた坂から、腰に縄をつけられて後ざまに引き下されるようにも思われた。