純情な恋の小唄を好んで口誦む青年子女に訊いてみると恋愛なんか可笑しくって出来ないと言う。
一たい、おまえは私に似て情熱家肌の
純情屋さんなのに、よくも、そこを矯め堪えて、現実に生きる歩調に性情を鍛え直そうとした。
私は今も落莫として己れの影を見失ひ、我れを見凝める厳粛な
純情を暗闇の幕の彼方へ彷徨はせてゐる。
人のことには寛大で、心に柔軟性があり、狭い
純情型の正義派ではなかつたが、オレはまア、ともかく女を知らずに死んでやるさ、といふどこか悠々としたところがあつた。
むしろ
純情一途であり、多くの人々は内々共感、同情してゐた。
夏川は変態的な情慾にはてんから興味をもち得ないたちであつたが、それとは別に、ひとつの
純情に対するいたはりは心に打ち消すわけに行かない。
代って
純情娘の日本代表、乙羽信子嬢に、これ又、単刀直入。
阪中正夫君は、詩集『六月は羽搏く』の著者であり、紀の川のほとりに生れた
純情多感な自然児である。
純情をきおふこの頃の若い方々にはかゝることも飽き足らぬ一つであらう。