上代の人名などに、生成的のものが多いから、このわけなども、或は、
其辺から来たもので、わかとかわきとかわくとかの音転で、わけとなつたのであらう。
又其筋すぢの人たちにしても、
其辺の考へは十二分に持つてかゝつて居るはずである。
「日本紀」の出来た目的の一部も、
其辺にある様な気がする。
つまり、考へて見ると、蹴られても、踏まれても何とされても、いつでも黙々としてだまつて居る……
其辺にありはしないでせうか。
されば今日丈の厄介になりましょうと尻を炬燵に居て、退屈を輪に吹く煙草のけぶり、ぼんやりとして
其辺見回せば端なく眼につく柘植のさし櫛。
是でも本道楽の話になるかどうか、
其辺は僕にも疑問である。