この紳士の不平たるや、単に呼棄てにされて、その
威厳の幾分を殺がれたばかりではない。
道学先生は教壇で先ず書物をおしいただくが、彼はそのことに自分の
威厳と自分自身の存在すらも感じているのであろう。
しかし如来は不相変
威厳のある微笑を湛えながら、静かに彼の顔を見下している。
彼は二度でも三度でも、——或は一生の間でもあの
威厳のあるシバの女王と話していたいのに違いなかった。
いや、伝説によれば、愚物の吉助の顔が、その時はまるで天上の光に遍照されたかと思うほど、不思議な
威厳に満ちていたと云う事であった。
苟くも
威厳を保つて行かうとする人間の棄て難い安寧と均衡とが奪はれるのである。
何となれば娼婦型の女人は啻に交合を恐れざるのみならず、又実に恬然として個人的
威厳を顧みざる天才を具へざる可らざればなり。
さもないと却つて小説家が(小説としての
威厳を捨てずに)大衆文芸家の領分へ斬りこむかも知れぬ。
(このことを方法論的にいうならば、演出者は
威厳を整えるひまがあったら愛嬌を作ることに腐心せよということになる。