十年余の長い時間がありながら彼のやり方は如何にも
露骨で不手際で、まつたく初犯の手口であり、犯罪の常習者、あるひは生来の犯罪者の手口ではなかつたのである。
彼等が口にする「アナタア」には、
露骨にこびたアクセントがあった。
一応は気の毒に思っていても、その気もちを
露骨に表わすことは嫌っているらしい話しぶりだった。
即ち実力主義が最も
露骨に発揮された、活気横溢せる時代である。
道中姿の華魁の胸から腰にかけて「正宗」とやつたのは
露骨であるが奇拔である。
日高の海岸、樣似を進んで冬島を過ぎ、字山中のオホナイといふあたりに來ると、高い
露骨な岩山が切迫してゐて、僅かに殘つた海岸よりほかに道がない。
貧しい者の悲しみや、
露骨なみにくい競いや、諂いをこれ事としている人間を見て大きくなった。
いわば公私の区別とでもいうものをこれほど
露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思いながらも驚嘆せずにはいられなかった。
支那では凶年の場合に、所謂人相食と申して、尤も
露骨に弱肉強食の有樣を現出する。