そして大直日の
祭りとその祝詞とが神楽化し、祭文化し、祭文化する以前には、みぬまという名も出てきたかも知れない。
お
祭りという隠居じみたことをなぜ持ちだしたかというと、お
祭りには御開帳というものがあって、ふだんは見せてくれないものを見せる。
それが二度になつて、一方は仏教との習合によつて非常に盛んになり、初春の方は、正月の行事が行はれた為に魂
祭りとしての信仰は、却つて忘れてしまうたのです。
此も秋
祭りと入り紊れてゐるが、順序正しく言へば、夏のものである。
其はともかく、住吉
祭りといふ事が、だいがくと住吉踊りの傘鉾との関係を見せて居る様に思はれる。
春
祭りと刈上げ
祭りは、前夜から翌朝まで引き続いて行はれたものでした。
そして大直日の
祭りと其祝詞とが神楽化し、祭文化し、祭文化する以前には、みぬまと言ふ名も出て来たかも知れない。
花
祭りと、にう木が門に樹てられる事とは、別の時ではあるが、今は正月の初めと小正月前後に当るから、近づいて来たのである。
現今の人々は、魂
祭りと言へば、すぐさま陰惨な空気を考へる様であるが、吾々の国の古風では、此は、陰惨な時ではなくして、非常に明るい時期であつた。