こういふ機嫌のいい男は当り障りのないことに打つてつけの人物で、言ひにくいことを
切りだすにはどうも都合のわるいものだ。
そうしてその顔と共に、何本かの軍刀が、忙しく彼等の周囲に、風を
切る音を起し始めた。
つまりは顔でも
切る代りに髷を
切るのだから、大難が小難で済むようなものですが、昔の人間はそうは思わない。
麹町の番町をはじめ、本郷、小石川、牛込などの山の手辺で、夜中に通行の女の顔を
切るのが流行った。
それを両腕鮮血にまみれながら、鋸でごそごそひき
切る。
風がまたはなはだしく江戸前にわさびのききがよくて、ひりひりと身を
切るばかり。
さっき通りがかりに見たら、くまを
切るんだといって、しきりとつり鐘をたたいていたんですよ」
最後に旧暦の十一月下旬だから、海上を吹いて来る風が、まるで身を
切るやうに冷い。
主人「何でも伊之助と手を
切る時、お前の扱いで二百両とか三百両とか先方へやったそうだナ」
日の光にむせるような声で、こう言うと、老婆は、杖をひきずりながら、二足三足あとへ帰って、まず口を
切る前に、上くちびるをべろりとなめて見せた。